一
小学生の時に、知り合いの人が飼っている犬が子供を生んだのでもらってくれないかと相談され、茶色い仔犬(柴犬の雑種)をもらった事がありました。
ようやく離乳できたばかりのその犬は、耳が少したれ下がり目はまん丸で鼻先が少し黒くてとてもかわいい顔をしていました。
早速、買ってきたばかりのピカピカな餌バチに牛乳を入れダンボールの中に置いてやりましたが、匂いはかぐのですがなめようとはしません。
やっぱり牛乳は牛の子供の乳であって、犬の子供の乳じゃないから飲まないのかな? とか思いながら見ていると後ろ足で餌バチのふちを踏んでひっくり返して自分のしっぽがべたべたに(笑)
結局その日は何も口にせずキャンキャン鳴くばかりでしたが、夕食の時間にもなったし見たいテレビアニメもあったので、その犬を玄関の所に置いたまま鳴き声を耳にしながらも、テレビの音を少し大きくして見ていました。
そして、9時になり子供はもう寝る時間。でもその犬は休んでは鳴きの繰り返しで一向に鳴き止みません。
少し心配でしたが、最後に犬の顔を見て弟と布団に入りました。
二
無から徐々に意識が自分のものになる感覚の中、かすかな犬の鳴き声が少しずつ大きくなってきて目がさめた事に気付づきました。相変わらずその犬は鳴いていました。 時間は何時か分かりませんでしたが、お勝手の電気も消えていたので真夜中だったでしょう。
自分は一人で起きてこそっと玄関の電気をつけその犬を見に行きました。するとしっぽを必死に振って首縄いっぱいになるまでハフハフ言いながらこっちにこようとしていたので、やっぱりお母さん(母犬)がいないとさびしいのかな?
などと思っていると親父も起きてきたので、「この犬ずーっと鳴いていたんじゃない。」って言ったら、親父は「犬と云う物はそういう物だ、もう寝なさい。」と
心配でしたが、引いていた潮がまた満ちてきたかのごとく眠気に包まれてきたので布団入るとその途端に意識は無くなりました。
三
自分が親から引き離されたら何日泣くだろう? 3日かな7日かな っと学校の教室で考えながら家に帰ってきたら、その犬は元気に餌を食べていました。
そして、その夜は クンクン言ってはいましたが、鳴く事はありませんでした。
それから、弟と田んぼの方に散歩に連れて行ったり、毎日学校から帰ってくるのが楽しみで給食の残りをこそっとポケットに入れて持って帰って来ては、おやつにあげたり、少し遠い中学校の校庭でボール遊びしに行ったりとしばらく楽しい毎日が続きました。
さすがに1年もするとその仔犬も立派な大人になり、よたよたで転びながら走っていた事など信じられない程のスピードで追い抜いていきますし、綱をひっぱられて散歩させられているのはどっち? というくらい力も強くなりました。
それ位の頃から、自分も学校の友達と野球やったりボードゲームや漫画買いに行ったりも楽しかったので、徐々にその犬と遊ぶ時間は減ってきました。
親父は仕事で毎日遅く、母親は買い物に行ったり食事作ったり掃除洗濯や体操服のゼッケン縫ったりと忙しかったので、散歩に行く暇はありません。
弟も、学年の友達と鬼ごっこしたり、コーラの王冠(栓)を集めたりとあまり犬をかまう事はしなくなりました。
しかし、犬は毎日うOちしますので散歩に行かなければ、その場にするしかありません。
最初はそれをスコップですくって家の脇のドブに捨てていましたが、だんだんそれも面倒になり 雨が降った後などは庭の土なのかそれなのか見分けもつかず
冬毛が抜ける時期には、抜けた毛がそれに付き それを犬は足で踏んでいますので、さらにまた散歩に連れて行くのがいやになりました。
それでも頑張って1週間に1度程度は連れて行こうと決めましたが、平日は学校が有るし帰ったら友達と遊びたいし宿題もやらねばなりません。
土曜日は、学校昼まででしたが、土曜しかいけない少し遠い公園まで皆で行く約束などをすると散歩はいけません。
日曜は、午前中少年野球の練習なので、帰ったらアイス食べながら少しグターっとしたいし
親父も日曜くらいは、のんびり過ごしたいので新聞見ながらランニングとパンツ一丁で足の爪などを切っているし、母親は日曜なので朝昼晩と食事を作らねばならないので犬の散歩などは行ってられません。
結局、犬が欲しい! と一番言った自分がそれをやらねばならいくらいの事は解ってはいたのですが、やらねばならんと思えば思うほど更にやりたくなくなる・・・
誰かがやってくれるだろう・・・っともうその事を考えるのもいやになり、しばらく犬の顔を見ない日々が続きました。
四
ある日、近所の人から苦情が来たと。 うちの犬の糞の匂いが臭いし隣の寮の人が裏抜け道に使っている場所に犬小屋があるので汚いので何とかし欲しいと云う内容でした。
なので家族で話し合い、誰も面倒が見れないなら保健所に持っていこうと親父が言い出したので
自分は、「 僕がやる! 絶対にこれから散歩にも連れて行くし、犬小屋の掃除もするから、捨てないで!」って言ったら、
じゃあ、餌は今までどおりお母さんがやるから、あんた散歩に連れて行きなさい。できる?
親父は「本当の本当にやれるなら犬は連れていかないが、その代わりしっかり面倒みろよ! できるのか?」
「絶対にやる!」その時は、もしでき無かった時には切腹しても良いくらいの気持ちだったのでそんな簡単な事できない訳が無いと思いながら
早速、犬小屋まわりの糞やこびりついた土、ダンゴ虫やゲジゲジが出てきても頑張って掃除して、散歩も家の周りを少し連れて行ってやりました。
犬は最近あまり散歩に連れて行ってもらってなかったので、ここぞとばかに飛び跳ね喜び、小学生の自分なんかグイグイ引っ張られてもう帰ってきた時にはくったくた。
飲み物しか喉を通らないのに、母親は洗っちゃいたいから早くご飯を食べなさい!と
それが終わったら、学校の宿題!
間髪射れず、親父が、おーい湯が冷めるから早く風呂に入れ!と
そして2日目もとりあえず散歩に連れて行きました。勿論犬は上機嫌
さらに3日目・・・だめだ身体が動かない 行った事にしよう
4日目、今日も行ったふりだけ
・・・とうとうまた行かなくなりました。しかし、家族の誰もその話題には触れなかったので、まあいっか。明日行こう
っと云う日々が続きました。
五
あるとき学校で友人が「おい、こないだ野良犬が保健所に連れてかれたってよ。もうその犬はライオンの餌だな!」
「え?殺されるの?」 「お前知らないのか?そんな犬誰が餌やったり面倒見るんだよ?」
早速、帰って来てその日は散歩に連れて行きました。
しかし、次の日は雨 さらにもう葉っぱの色も茶ばんでくる季節には、手足耳も冷たく日が落ちるのも早い。半ズボンから出たひざ小僧は白い筋がいっぱい入って耳のフチも真っ赤
今日は寒いから散歩やめて明日行こう・・・
とうとうまた散歩に行かなくなりました。 もうその事を考えるだけでも憂鬱になり脳味噌の中から忘れ去ったと無理やり思い込もうと
でも、自分が言い出した事 できない自分が腹立たしい!!
悔しい! でもできない! 糞ったれ! だけど身体が動かない! こん畜生め!
数日後に、やはりまた近所の人から苦情があったらしく親父が、「もうできないなら保健所に持っていく」
っと言ったので、泣きながら 「 やめてー 殺さないで 自分が悪かったから もう絶対嘘はつきません。だから保健所だけはやめてー 」
「本当にやれるんだな! じゃあお父さんが近所の人には謝っておくから、しっかりやれよ!」
正月、皆が親戚一同集まって楽しく豪華な食事をしている時でも、雪の中散歩に行きました。
しかし、結局それも1ヶ月も続かず、2日に1回になり3日に1回になり 特に冬場は厳しく朝布団から出る事だけでも大変なのに毎日帰ってきたら散歩は、やはりとても出来ませんでした。
六
ある日、学校から帰ってくると、犬小屋の中は空でした。
ぼろぼろになった毛布と、餌ばちだけを残して。
それをランドセルをしょったまま、ただ見ながら、初めてもらって来た日の事や、校庭でボール遊びをして遊んだ日々の事を思い出しました。
が、涙は出ませんでした。
平成29年 6月23日